七福神計画の起案者・新井悟之の中に、構想が浮かび上がる。
夏休みに入り、少し肩の力が抜けていたタイミングでした。長年、全国各地の神社をめぐり、顧問先の繁盛を祈願し続けてきた新井にとって、それは「もっと顧問先を繁盛させたいなら、これをやるべきだ」と自然に浮かんできた構想でした。
でも、縁起だけではありません。思いついたらすぐ動き、良い未来を先に決めて、あとから整えていく。そんな七福神らしいテンポで、ここまで進んできました。
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七福神のはじまり
七福神グループ全体の繁盛づくりを支える新井が、2023年8月に思い描いた計画。そこから仲間が集まり、税理士法人七福神の歩みが始まりました。
七福神は、最初からきれいに整った形で始まったわけではありません。構想が浮かび、仲間が集まり、まず一緒になることを決め、そこから少しずつ七福神らしさを作ってきました。
振り返ってみると、不思議なくらい大切な日には吉日が重なっています。けれども本当に大切だったのは、日が良かったことだけではなく、思いついたらすぐ動き、良い未来を先に決めて、あとから微調整していく七福神らしいテンポだったのだと思います。
2023年
「先にうまくいくことを決めて、すぐ行動する」。七福神は、その考え方を自分たち自身で実践するところから始まりました。
夏休みに入り、少し肩の力が抜けていたタイミングでした。長年、全国各地の神社をめぐり、顧問先の繁盛を祈願し続けてきた新井にとって、それは「もっと顧問先を繁盛させたいなら、これをやるべきだ」と自然に浮かんできた構想でした。
新井から構想を聞いた袴田は、説明から10分で参加表明。七福神計画が、具体的にスタートしました。約1か月後には笠原とも会う予定があり、その時に声をかけようと話していました。なお、以前から決まっていた訪問日が、たまたま一粒万倍日でした。
1か月待つのがもったいないと、新井は移動中の車内から笠原へ電話で声をかけました。構想を聞いた笠原も、説明から10分で参加表明。なお、予定を前倒しして電話した日が、たまたま一粒万倍日でした。
株式会社美ら島経営サポート社長、現・株式会社七福神社長の中小企業診断士 長尾が、説明から5分で参加表明。あまりの決断の早さに、新井が「もう少しちゃんと聞いてから考えてください」とお願いしたほどでした。なお、以前から決まっていた沖縄訪問日が、たまたま一粒万倍日でした。
この早さは、軽い決断だったという意味ではありません。それまでの信頼関係と、目指す方向が重なっていたからこそ、返事が早かったのだと思います。
計画スタートより2か月で合併。代表社員 袴田、代表社員 笠原の体制で、浜松市富塚町の新オフィスへの引越しも同時に行いました。
システムもやり方もすべてがバラバラでしたが、七福神は「先に一緒になってから、後で調整する方が確実かつ早い」と考え、合併を急ぎました。事業が上手くいくための秘訣である「先にうまくいくことを決めてすぐ行動、後に微調整」を、七福神自身が実際に行いました。


2024年
株式会社七福神の設立、間渕先生とのご縁、そして浜松城の目の前にある元城町オフィスへの移転。七福神は一年で、次の景色へ進みました。七福神では、副所長ではなく、福を呼ぶ意味を込めて「福所長」と呼んでいます。
代表取締役 新井、取締役 長尾の体制で株式会社七福神を設立しました。天赦日・一粒万倍日・寅の日が重なるこの日を、年末から選んで待った上で設立。あえて良い日を選ぶことで、「うまくいかないかも」という心理の退路をなくし、前向きにスタートを切りました。税務は税理士法人七福神が担い、株式会社七福神は経営支援・中小企業診断士領域などを担うグループ会社として動き出しました。
お客さんの仕事の関係で、現・筆頭顧問の間渕先生が七福神オフィスへ初来所。初対面は笠原福所長が対応し、そこから食事会の約束へとつながりました。
間渕先生が、七福神に大いに関心を持ってくださいました。なお、この日もたまたま大安でした。
袴田、笠原、新井で間渕先生の事務所を訪問し、正式にお誘いしました。間渕先生からは「1週間ください。その間に前向きに検討します」とのお返事。なお、新井の都合で訪問できた日が、たまたま一粒万倍日でした。
税理士法人七福神、税務顧問室筆頭顧問へ。正式なお返事がなかなか話題に上がらないのに、間渕先生は合流した後の未来をずっと楽しそうに語られていました。七福神側から確認すると、「あ、もちろんお願いします」と。返事の前に、すでに気持ちが七福神になってくださっていた、お茶目な間渕先生でした。
所長 袴田の古巣である岡﨑公認会計士事務所のビルへ、移転先を変更。浜松城の目の前という景観最高の立地への移転話が急浮上し、間渕先生も賛成。即決定しました。
天赦日・一粒万倍日・大安の良き日に、何もしないのはもったいない。皆さまと喜びを分かち合いたいということで急遽決定し、税理士や金融機関など、日頃からご縁のある方々にお集まりいただきました。間渕先生の合流を、皆さまと一緒に喜ぶ時間となりました。
浜松城の目の前にある元城町オフィスへ移転。七福神発足から1年で、オフィスは立地にも恵まれ、広さも数倍規模になりました。



七福神ラウンジの誕生
元城町オフィスへ移転したとき、眺めの良い5階をどう使うかはすぐに決まりました。
「ここはお客さん向けにしよう」
そうして生まれたのが、七福神ラウンジです。



元城町オフィスのまわり
浜松城、元城町東照宮、本田技研発祥の地。元城町オフィスのまわりには、挑戦・出世・飛躍を感じる場所がいくつもあります。

七福神の元城町オフィスは、出世城・浜松城の真横です。若き日の徳川家康公が、うまくいくことばかりではない時期をここで過ごし、それでも後の大きな飛躍へつなげていきました。
商売も同じです。苦しい時期も、迷う時期も、そこから右肩上がりへ向かうことができます。七福神は、そんな前向きな流れをつくる場所でありたいと思っています。


元城町オフィスのすぐそばには、元城町東照宮があります。ここは浜松城の前身ともいわれる引間城跡に建てられた神社で、徳川家康公、そして若き日の豊臣秀吉公にもゆかりのある場所です。
二人の天下人にゆかりがあることから、出世のパワースポットとしても親しまれています。七福神に来られる皆さまの商売も、ここからさらに良い流れへ向かっていきますように。

すぐ近くには、本田技研発祥の地・蛇屋敷跡があります。小さな研究所から始まった挑戦が、やがて世界のHONDAへ。
商売も、最初から大きくなくていい。正しい方向に積み重ねれば、思いもよらない未来へ進んでいける。七福神は、そんな前向きな成長を応援する場所でありたいと思っています。
2025年
元城町オフィスでの新しい体制が動き出す中、七福神の歩みに、もうひとつ大きなご縁が重なりました。
所長・袴田の師匠であり、元城町オフィスのビルオーナーでもある公認会計士の岡﨑英雄先生が、七福神に仲間入りしてくださいました。
長く第一線で活躍され、いったんは現役を退くことも視野に入れていらっしゃいましたが、楽しそうに動く七福神の空気に触発され、今では花見なども率先して企画してくださるほど、楽しく活動されています。
知識や経験だけでなく、「人が集まりたくなる空気」もまた、七福神にとって大切な財産です。
人は人に影響を受けます。また、それが近い距離だとなおさら強い影響力になります。
七福神のスピードやテンポが、顧問先の皆さまにも良い刺激となり、「税理士さんたち、がんばっているから、私たちもがんばろう!」と思っていただけるような事務所でありたいと考えています。
数字の話だけでなく、商売の未来の話まで一緒にできる、元気で前向きな場所であり続けること。
その想いで、七福神はこれからも周囲に元気と福を与える存在でい続けます。